なぜ認知症の患者さんは、家族の前でだけしっかりして見えるのか

┃ なぜ認知症の患者さんは、家族の前だけしっかりして見えるのか
看護師をしていると、何度も同じ場面に出くわします。
病棟や施設で普段お世話をしている認知症の患者さんは、スタッフの指示が入らなかったり、同じ話を何度も繰り返したり、時には理屈の通らないことを強く主張されたりします。
ところが、ご家族が面会に来た瞬間だけ、驚くほどしっかりと会話が成立するのです。
この不思議な現象について、先日Xにこんな投稿をしました。
病棟や施設では、バリバリの認知症患者さんなのに、家族が面会に来るとうまく取り繕ったり、うまく話せたりする。そして家族は親の認知症がたいしたことないと勘違いする。本当に不思議で、困ったことです。
— ふるたによしひさ@看護師 (@yoshihisanurse) August 9, 2026
この投稿には多くの共感の声が寄せられました。
看護や介護の現場に立つ人であれば、一度は経験したことのある「あるある」なのだと思います。
┃ 普段のスタッフとご家族の前とで、なぜこんなに違うのか
現場でスタッフを悩ませている患者さんが、面会のときだけ別人のようにしっかりされる。
これは決して「仮病」でも「演技」でもありません。
認知症の症状には、実はこうした場面依存性があることが知られています。
一つは、長年の社会生活の中で培われた「型」が、記憶が失われたあとも体に染みついているということです。
「親として、しっかりした姿を子どもに見せなければ」という意識や、来客に対する挨拶・受け答えのパターンは、いわば長年の習慣として脳に刻み込まれています。
日々の細かい記憶(さっき何を食べたか、今日が何月何日か)は失われやすい一方で、こうした社会的なふるまいのパターンは比較的保たれやすいのです。
もう一つは、緊張感や刺激の違いです。
ご家族という特別な相手を前にすると、一時的に集中力や覚醒度が上がり、いつも以上に頑張って会話をされる患者さんは少なくありません。
いわば「火事場の馬鹿力」のようなもので、その頑張りは長くは続きませんし、面会が終われば疲れ切ってぐったりされることもよくあります。
実はこの現象、現場の感覚だけでなく研究でも裏付けられています。
熊本大学の研究グループ(松下正輝特任助教ら)が2018年に発表した研究では、記憶障害があるにもかかわらず周囲にうまく話を合わせてしまう「取り繕い反応」が、アルツハイマー型認知症の患者さんの半数以上にみられ、レビー小体型認知症や軽度認知障害の患者さんと比べて有意に多いことが報告されています(熊本大学プレスリリース、2018年5月23日、PLOS ONE掲載)。
記憶そのものは失われても、長年培われた対人的な受け答えのパターンは比較的保たれやすい、ということが客観的なデータとしても示されているのです。
┃ 家族の「誤解」が生む困りごと
この現象が厄介なのは、ご家族が「うちの親はまだそこまでひどくない」と誤解してしまう点です。
スタッフから「最近は指示が入りにくくて」「夜間、何度もナースコールで落ち着かれなくて」とお伝えしても、面会時にしっかり話す親の姿を見ているご家族には、なかなか実感として伝わりません。
この「家族の実感と実際の状態とのズレ」も、海外の研究で指摘されています。
2025年に学術誌Alzheimer's & Dementiaに掲載された研究(DiStefanoらによる介護者22組を対象にした調査)では、介護者が感じている重症度と、臨床的な評価(CDRスケール)との一致度は弱いという結果が出ています。
むしろ軽度のケースでは介護者側が重く見積もる一方、最重度のケースでは軽く見積もる傾向がみられ、家族が日常的に見ている姿と、医療者が把握している状態とが必ずしも一致しないことが示されています。
その結果、介護度や必要なケアの見立てにズレが生じたり、退院後の生活プランを話し合う場面で「本当にそんなに大変なんですか?」と疑問を持たれたりすることがあります。
決してご家族を責められることではなく、目の前で見た姿を信じるのは当然のことです。
だからこそ、看護師の側から、このギャップを丁寧に埋めていく工夫が必要になります。
┃現場でできる改善点
具体的には、次のような伝え方を意識するようにしています。
- 「良い場面」と「困っている場面」の両方を具体的に伝える:「面会中はしっかりお話しされていましたね。ただ、普段の病棟では〇〇のようなことがあり、私たちも対応に工夫が必要な状況です」と、面会時の様子を否定せずに、実際の困りごとを具体的なエピソードで補足する
- 数値や記録で客観的に示す:転倒回数、ナースコールの頻度、服薬拒否の回数など、記録に基づいた事実を伝えることで、感覚的な「大変さ」を客観的な情報に変換する
- 一度で理解してもらおうとしない:面会のたびに少しずつ伝え、退院前カンファレンスなど複数の機会を使って認識をすり合わせていく
- 家族の「面会中の頑張り」もねぎらう:ご家族の前で頑張っておられる患者さんの姿も、その方らしさの一部として尊重する視点を忘れない
┃ おわりに
認知症の患者さんが家族の前でだけしっかりされるのは、その方が持つ力の証でもあり、同時にご家族との認識のズレを生む原因にもなります。
私たち看護師にできることは、その不思議な現象を「困ったこと」で終わらせず、家族に正しく伝える橋渡し役になることだと思います。
それでは最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
参考文献
熊本大学「『取り繕い反応』はアルツハイマー病の特徴的なコミュニケーションのパターン」プレスリリース(2018年5月23日) https://www.kumamoto-u.ac.jp/whatsnew/seimei/20180523
DiStefano P, et al. "Discrepancies in Dementia Severity Perceptions: Exploring the Agreement Between Care Partners and Clinical Assessments." Alzheimer's & Dementia (2025). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12742519/

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この記事へのコメント
nice!です☆
貴重な情報、参考になりました。
久しぶりの訪問ありがとうございます。
nice! です。
拙ブログへのご訪問、ありがとうございました。
でも要介護5になると完全に夢の中でした
看護師には感謝しています。
「ならば在宅介護のほうが」というのは素人考えなんですかね。
今後、私がどうなるかは分かりませんが、介護される側になるのは確実です。
妻や子供たちに迷惑をかけるような事態にならないことを願うのみです。
重要な知見が、本記事を読んで、私にも得られました。
家では認知症が進んでいる感じなのに、
医者の前に行くとシャキっとしてしまうから、
認知症の認定が受けられないと。
人の脳って不思議ですね。
お金の管理・人との付き合いも普通にできてとても嬉しい日々です。